藤田和俊 フォトグラファー、ライター

藤田さん

鳥取に素敵な人たちに出会えたことが何よりの喜びだ。そんな人たちを少しずつ紹介していきたい。

最初に出会ったときの藤田さんは僕は何者なのかわからなかった。
鳥取に移住して約1ヶ月経ったくらいの時だっただろうか。まだまだ生活に慣れていなく、右も左もわからない中、藤田さんはいきなり家を訪ねてきた。しかも何のアポもなく、いきなり来た。その腕には新聞記者であろう名札がついていて、話を聞かせて欲しいと言われた。どこでどう僕たちの事を知って嗅ぎ付けてきたのだろうか。普通なら不甲斐な気持ちになるところだが、藤田さんの無邪気な笑顔のおかげでそんな気持ちは一瞬で無くなった。取材で来た人ではなく、ずっと前からの友人が会いにきたような感覚だった。今思えば、藤田さんが僕たちが鳥取に来て、一番最初に声をかけてくれた人だ。

鳥取に来て、多くの取材を受けてきた。個人的には取材は好きではないので断りたいが、当初の肩書きは若桜町役場の臨時職員(地域おこし協力隊)だったので、断れなかった。やりたくない取材を受けては、ありきたりの質問に、ありきたりな返答をしていた。中には味噌のこと、菌のこと、山のこと、深く話したこともあったがその内容は記事にされない。みんながわかりやすい内容や言葉だけが表現され、その言葉たちが一人歩きしている状態。僕たちが移住してからは常について回る『移住』という言葉が、僕たちの生き方の本質を隠していた。メディアを通して僕たちのことを知ってもらいたいわけではないが、地方の良さはみんなが共通することではないので、ありきたりな伝え方に違和感しか無かった。何より不自然な言葉を話さざるを得ない自分が嫌だった。

今井出版さんより2月下旬に発売される『ゆたかさのしてん』という本の表紙。著者の日本財団の木田さんと今回の藤田さんが作られた本。僕も紹介されている

そんな中、藤田さんは違った。同じ目線、視点で僕たちを見てくれて、恐る恐る菌のことを話すと目を輝かせて喜んでくれた。

藤田さんは僕たちのような小さな商いをしている人たちをちゃんと視てくれて言葉にして写真にしてくれる。その人たちは地域を支えていて、魅力的な人たちだ。是非藤田さんの
作られたページhttps://myaku-myaku.com/をみてもらいたい。そこで紹介されている人たちの生き方を見て、今の時代に何が大切で大事なのか、見えてくるかもしれない。

特別なお米 蒜山耕藝さんの自然栽培米亀治

蒜山耕藝さんのお米

特別なお米
蒜山耕藝さんの自然栽培米亀治

当店は小さいながら数多くのお味噌を造っている。味噌の種類だけで約20種類あります。効率だけを考えると商品数を減らして、2~3種類を製造するのが味噌屋の常識で、その方が原料の仕入れも楽で価格的にも抑えれます。ただ僕は味の単一化は技術の低下につながるのはもちろんで、『農』の低下にも繋がると思っています。それぞれの農家さんが作る原料には特色があって、それを食べてみると味噌のイメージがわく。その個性を最大限に生かしたお味噌を造りたいと思うので、農家さんの数だけ味噌の種類も増えてしまうのだ。大規模農家が数件いるより、小規模農家がたくさんいる方が大事で、種や農法の存続にもつながり、その地域やその人にしか出せない味があるので、それこそが食の豊かさに繋がると思っています。

蒜山の田んぼ

ネットの中には存在しない、小さな農家さんはたくさんいて、また彼らの作る作物は少量でありながら品質も高く、とても美味しいものばかり。僕はこの若桜町の環境と、原料を作ってくれる農家さんに恵まれていて今の仕事ができています。

蒜山には若者がどんどん集まっている。畑を囲む彼らは頼もしい

その中でも特に思い入れが強く、愛してやまないお米が岡山・蒜山の蒜山耕藝さんが作ってくれるお米だ。その中で特に僕が好きなのが『亀治』という品種のお米。島根県安来の在来種で山陰の気候風土に合ったお米で、山陰の地域に馴染みやすい。当店の天然麹菌もこの亀治を元にして採取している。山陰の在来種だけあって、この地域に住む天然麹菌にとったら一番身近に感じるのかもしれない。


このお米に出会い食べてみてお味噌を作りたいと思い、そして出来上がったのが『米みそ自然』だ。まだまだ市場には少ない自然栽培×野生麹菌で仕込んだお味噌で、亀治の味わいと野生麹菌が醸し出す独特の風味が合って、とても美味しいお味噌に仕上がっている。あくまでも主観なので万人に美味しいかはわからないが、僕が今出せる自信作はこの米みそ自然だと胸を張れる。それは自然栽培だからこの味が出せるということではなく、蒜山耕藝さんが作るお米でないとこの味が出せないのだ。


自然栽培の原料は探せば他にもいるが、この『味』を出せるのは彼らしかいなくて、この人たちに出会えて僕の作っていきたい味噌や自分のしたいことがはっきりとわかる気がした。それに天然麹菌取り組むきっかけや、出会えたのも蒜山耕藝さんのおかげだ。

蒜山耕藝さんお米は毎年販売開始と同時に即完売になる。それだけ多くの方が蒜山耕藝さんのお米を愛してやまないことを他人ながらうれしく思う。だからこそ、米みそ自然は造れる量に限界があるが、僕はそれでいいと思っている。原料を変えてまでたくさん造ることに意味はない。僕がお米を食べて色んな景色が見えるようになったように、このお味噌を通して農家さんの思いや味噌の美味しさ、野生麹菌の魅力を伝えていけたらと思う。

麹篩(こうじふるい) 竹と天然麹菌の関係性

特注で作ってもらった麹篩(こうじふるい)

麹篩(こうじふるい) 竹と天然麹菌の関係性

糀を造る時に、蒸し米に麹菌を篩う作業があります。これを『種付け』と言います。醸造業界ではこの種付けの作業をほとんど機械にて行っています。機械ですることによって、麹菌がまんべんなく蒸し米に付着して、均等に良い糀に仕上がります。その陰で使われなくなったのが、『篩う(ふるう)』という言葉。


本来、種付けは篩いにかけて作業していました。当店も篩いを使い種付けをしています。菌たちが蒸し米に向かって降りていく姿はとても神秘的です。近代化に伴い、作業効率だけを重視している現代のやり方では、菌たちと触れ合う機会があまりにも少ないです。種付けも機械、手入れも機械、温度管理も機械、充填も機械とすべて機械任せ。菌も生き物なので、もっとかまってあげないと愛想を尽かされます。効率化を計れば計るほど菌と関わる時間は減り、菌を知ろうとすることもなく、技術の低下に繋がり、味にも繋がります。

左右に振って、竹の網目から菌の胞子を落とす。この光景が神秘的

また市場にある多くの篩いは金網のメッシで構成されています。漢字を見たらわかるように篩いという漢字には竹冠が使われています。古来から竹と菌がいかに密接にあったことがわかります。当店が採取している天然麹菌も、採取する際に受け皿として竹を使用していますし、保管にも使用しています。またプラスチックフリーをご希望の方には竹皮で包装しています。竹は他の雑菌などを寄せ付けないので、天然麹菌との相性がとても良いんです。

そう思うと天然麹菌にも竹の篩いを使って、気持ち良くお米を醸して欲しい。菌たちの為に竹の篩いが欲しい。竹の篩いから降りてくる菌たちの働きを見てみたい。そんな想いを形にしてくださったのは、伍竹庵さん。職種は違えど、竹と天然菌と関係性について理解があり、僕のお願いを快く承諾してくださり、形にしてくれました。麹菌を篩う際の動作などを話して、最も使いやすく、また菌目線で作ってくれました。

制作に3~4ヶ月かかった。職人さんの想いを菌に繋げる役割を担いたい


伍竹庵さんは竹を使って、あらゆる手仕事の素晴らしい道具を作られています。失われつつある竹細工の道具たちを日々の暮らしに取り入れると、より暮らしの本質が見えてくると思います。生活の中がもっと竹に囲まれると菌たちも喜ぶ世界になるんだろうなぁ。

竹と菌が織り成す、自然が醸すお味噌、どんな味に仕上がるか楽しみです。
いつも無事に降りてきてくれる天然の麹菌たちに感謝の意をこめて、竹の篩いをプレゼントしました。彼らは喜んでくれるだろうか。気分よくなってくれただろうか。また来年も降りてきてくれるだろうか。
一歩一歩、菌たちに寄り添い、菌たちにいい仕事をしてもらいたいと思う。それが僕の仕事にも繋がり、みなさんに美味しいお味噌や糀をお届けしたいと思います。

落ちそうで落ちない、落ちなさそうで落ちる、絶妙な網目。職人さんの技術には感服しかない